2009年6月29日 (月)

延期の一日スクール

 おそらく始めてのことではないかな、大雨のために一週間延期6月の一日スクール。この日のメニューはうどん打ち、遊び。17名の子どもたちが参加した。うどん打ち、火の世話、そんなことより自分たちの至福のときを過ごす子らがそこにいた。3時、みなが帰って行くのを待っていたかのように、重い空から大粒の雨が降ってきた。

 森のアトリエを舞台に続けてきた一日スクール。いったいどれだけの子と、その家族が立ち寄ったことだろう。いまはもう立派な母親がこぼした言葉が忘れられない。「思い出の小道・  あの木立のトンネルはわたしにとって思い出の小道」

 世代交代の時期にさしかかった一日スクール参加児の顔ぶれ。彼らの奏でる演奏に耳を傾けるとしよう。無理しないがんばらない自分にもできることをやればいいの心で見守るとしよう。

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2009年6月16日 (火)

紙芝居「ある島のきつね」を読んでいたら

小坂幼児クラス  帰りの集まりで紙芝居を読んだ。浜田広助「ある島のきつね」を読んだ。どうしたことか皆が集中した。私もつられて熱が入った。そして思いがけない場面に出会った。  話の筋はこうだ。お寺の裏山に住む狐が、いつものように和尚さんが出かけた後、お供えの饅頭を食べに来て、二つ食べて残りを食べようとしたら、目も耳も悪いおばあさんがやってきた。気の毒に思った狐は和尚さんの代わりのお経を唱えてあげよう。でもいざ座布団に座って気がついた。自分はお経など何にも知らない。目も耳も悪いおばあさんだからと「おいしいおまんじゅうあったとさひとつたべたらのこりはひとつはやくたべたいのこりのおまんじゅうポッポコポッポコチーン」夕方、和尚さんはお供皿の中の紙に包んだお金を見つける。「またあの狐がきおったな。でもこのお金は?狐が饅頭代をおいていくはずはあるまいに」

狐のお経の件(くだり)で年長の女の子二人のかすかな笑いが聞こえた。30年で初めて、この場面で笑いをいただくことができた。読み手にとって最高のほめ言葉だ。

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2009年5月22日 (金)

エコツアー

朝7時の電話連絡「本日森のアトリエでやります。3から4キロの散歩に出かけるので履物に気をつけて」で始まった今日の小坂幼児クラス。お休の子0。木立のトンネルを抜け田んぼの道にさしかかると、なんだこの暑さは。1キロ先の鎮守の森がやたら遠くに見える。それに調子のよくない子もいたので、1.5キロの小人の階段コースにきりかえる。あぜ道、土手、そしてまた田んぼの道。心もとない早苗、オタマを見て、山に入る。急斜面の簡易の階段(子どもたちは小人の階段と命名)を四つん這いになって登りつめ、さらにもうしばらく薄暗い道をすすんで、不安になりかけた頃に、いきなりあらわれた森のアトリエ。「なんだこれは森のアトリエだ」と安堵の声。少し早いけれどお弁当にした。カラスに食べられないようにと車に隠したリュック。銀杏の影で弁当をひろげる。

食べ終わったらおもいおもいに遊ぶ。「ただ草茫々、なにもないところでは子どもたちはなにをしてよいのか戸惑うのでは」 の大人の心配をよそに、おもしろい遊びが次々登場するものだ。本日、Aは畑ツアー始めた。年長の子らのグループには関心はあるけれどストレートに入れない。どうしても遠巻きにということになってしまう。焚き火の跡の消し炭をひっくり返したり、寄り集まってくる同じ思いの子たちと遊んだり。でもどうしても大きい子らの様子が気になって仕方ない。  どう言うわけか今年は畑に興味を示す子が多い。「親子スクールで植えたお芋の苗に、もう芋ができたのかな。コーンの芽はでたのかな・・」こんなかしの木の空気を自分の出番に結ぶつけたAは凄い。そこらに落ちていた杉の小枝を片手に彼は言った「これから畑の豆を見にいきます。ぼくの後からついてきてください。ハイ、これが豆です。触ってもいいけれどとってはいけません」 彼は絹さや、スナック、グリーンピース、空豆畑を案内。お客は「オーこれが豆か、すごい」なんて大げさに驚いたり。でも決してもぎ取ったりはしなかった。その恐れのあるBが豆を触ると「とっちゃーだめよ」仕切られるより仕切る方が向いているAは格好の仕事をみつけたのだ。逆境が生み出した自分らしい仕事。不景気日本再生のためのひとつの発想かもしれない。

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2009年5月19日 (火)

雨と一緒に・5月の一日スクール

とうとう最後まで付き合ってくれた雨だった。強く、弱く、時にはこやみに。17名の子どもたちのそんな雨との見事な付き合いに、私は見とれた。

メニューは、竹巻きパン、カレースープなど と遊び。女の子たちはパン生地、スープなどの食べ物作り、男の子たちは囲炉裏に入れる炭火作り。男3人はパン焼き用の篠竹を求めて薮のなかに。やがて30本ほどの見事な竹を抱えて帰ってきた。60センチの長さにそろえる。 パン生地をしっかり巻きつけ、炭火の上で転がし、ついでに顔も真っ赤にして、とうとうこんがり焼き上げたねじりパン。もぎ取ったばかりの絹さやの緑が鮮やかなカレースープ、熱々ソーセージを竹の代りにその穴に押し込んで、ゆで卵はつぶして塩などで味をととのえて、それらすべての用意が完了したら、ひとつ屋根の下に集まって賑やかに食べた。

こやみになるとそとで遊んだ。焚き火のまわりでマッチすり、原っぱでチャンバラ、道祖神の大きな樫の下で、深い薮の中で、切り出した竹を輪切りにして残り火にかざしてお湯を沸かしてその風味を楽しみ、焚き火の火が弱まると「伝説の着火材」を求めて杉林に。

今日のひとこと  火おこしがおもしろかった/焚き火のそばでマッチすりの練習した/新道を発見、暗い道だった。竹でお湯を沸かした/パン作りおもしろかった/山の中、空が明るい方にむかって歩いたらたどり着いた/基地の修理をした/基地をトンカチでなおした/パン生地作るのがたのしかった/篠竹を切りに行った。竹を揺らすと水がいっぱいおちてきた   

雨とともに遊べる子どもたちのやわらかさに、私のこころも和む。     

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2009年5月12日 (火)

水彩コーナー大賑わい

砂遊びを早めに切り上げた3歳児たちが次々やってきて絵の具の机は久しぶりに賑わった。この日は赤青黄白の、のっかったマイパレットで描いた。絵の具への興味がそれぞれに違うのがおもしろい。あっというまにすべての色を混ぜ合わせ画面にたたきつける。パレットの上では混色しない。画用紙の上で次々色を重ねる。それぞれの色をならべて、決して重ならないように描く。パレットにない色を次々と要求する。一枚に時間かける子もいればハイお次式の子もいる。描き終わってもパレットはすぐには洗わない。混沌とした素敵な混色は隣の子の役に立つのだ。この日は気温が高かったので、ベタベタ作品もさらさら作品と同じようにすっかり乾いたので丸めて持ち帰った。家ではどんな会話が交わされたことだろう。「なにを描いたの?」と真っ先に聞かないほうがいいのでは。描いているときの様子を想像してあげてくださいな。

先週金曜日めざし帽を置いていったAはちびまるこ帽でさっそうと登場。母曰く「この帽子が気に入って家でもずっとかぶっていた」とのこと。あまりにも目立ちすぎる黄色、愛用のいつもの帽子にかぶりなおしてもらうことにした。始まりの集まりのときに黄色帽子のいきさついて再度子どもたちに話した。

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2009年5月 9日 (土)

置いていかれためざし帽

近所の雑貨屋から帽子を20個ほどいただいた。今度店をたたむことになった。捨てるのはもったいない。なにかにつかってもらえればと、女主人。ちびまるこちゃんが愛用している帽子にそっくりで、さて、どうしたものかと思案して、どうしようもないので机の真ん中に置きっぱなし。次の朝、子を送ってきた親に声をかけたけれど、引き取り手なし。やれ困った。でも、その日、子どもたちが帰った後の机には、3個の帽子しかなかった。彼らは喜んで、自分の頭にぴったりのものを頭にのせて嬉しそうに(?)帰っていった。そしてその机の端にいつもAが愛用していためざし帽が置かれていた。それを見て、気楽に月曜日に渡せばいいさと思った。

その夜、ふと目覚めて、めざし帽のことが気になった。そういえば長女を入れた公立小学校では登下校の際は制服だった。クレームつけたところ、制服賛成の方から毎朝何を着せるか思案しなくていいし、みなが同じ服を着て登下校する姿は遠めにもさわやかとの回答が。いろんなことがあったものだと昔を思っているうちに、またあのめざし帽のことが思われた。そして一瞬どきっとした。Aはなぜ愛用の帽子を置いていったのか。黄色の帽子が気に入って、自分の帽子のことを一瞬忘れたから?でももし彼が、みんなと同じように黄色の帽子をかぶらなくてはいけないのではの思いに追い込まれていたとしたら。うしろ髪引かれる思いでそこに置いていったとしたら。寝付かれない夜だった。このことについては月曜日にみなの前で話そう。

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2009年5月 6日 (水)

森のアトリエ春のお祭り

<連休は、混んでる遠出より、のんびり近場で> 森のアトリエ遊しゅうかんをスタートさせて3年目の今年は、5月2・3日の春のキャンプと、5日のお祭りでおしまい。粘土細工と早朝畑仕事は日程の都合で行うことができなかった。心待ちにしてくだっさた方にはごめんなさい。

今にも降りそうな重い雲。近場でのんびりしようかいなと集まってきた人たちが作り出す祭りはいつもおもしろい。予報よりも少し早めに降り始めた雨。オークハウスの屋根下に移動して、祭りはいきなり賑わった。肌と肌が触れ合う感触は祭り気分を盛り上げてくれるのかもしれない。祭りに欠かせない子どもたちのかん高い声。大人たちのしゃべる声。食べ物屋から立ち上る匂い・燻製の煙、スープの香り、パンを焼く匂い、焚き火の熱気・・・。シャッターを切りながら、ふと、宮沢賢治「銀河鉄道」の市場の場面を想像した。

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2009年5月 3日 (日)

五月キャンプ

まさに五月晴れ。暑くなく寒くなくのいい塩梅。今回参加者の年齢が上がって、面白い言葉に出会えるチャンスに恵まれた。

深夜、焚き火の周りでポツリ 「僕はもう何回も参加してるんだ。なんだかとても楽しい。徹夜した朝、迎えの車の中で味わう感覚、ものすごく眠くてでも体の中は冴えていて、あのちぐはぐな感じがたまらなくいい感じなんだ」

深夜、闇のドラム缶風呂から聞こえてきた 「いいなー、風呂にはいりながら星が望める。広い広い宇宙の中で、その宇宙を眺めながら今こうしてのんびり風呂にはいれるなんて最高だなー」

終わりの集まり、なにかひとこと 「部活の合宿サボってこのキャンプに参加した。高校受験でこれから忙しくなりそう。できるだけ参加したい。今回のキャンプは勇気を競い合うキャンプだった。一つは墓場の肝試し。も一つは高いところから飛び降りる勇気を」

薪を探し出し運び・・焚き火の世話し、その炎に顔を揺らしながら一言ぽつり 「僕も何回か参加している。参加して思うのだが、これだけいろいろとたのしいことができて7千円はやすいよ」

続く

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2009年4月13日 (月)

新しい年度が始まって

新しい年度が始まって2週間。新しい顔と見慣れた顔が混じりあって、ピリッとした緊張感が心地いい2週間。

12日の一日スクールには20名、幼児から中学生が飯ごう炊飯し、その後遊んだ。飯炊きではやはりベテラン組みはおいしいご飯を炊き上げた。火加減がまだわからない子らはがむしゃらに火力を上げて、あっという間に真っ黒焦げに。かしの木汁をおかずに、広場のあちこちで食べた。

3時までだけれど、好きなようにして遊んだ。再会の新入学の3人は、早速探検に出かけた。女の子たちは花摘みに精出し、男の子らは基地の屋根から飛び降り、勇気を競いあった。ツリーハウスつくりをと意気込んで参加した子はそこに至るまでの遊びに夢中、最後の最後にその気になり、仮の棒を枝においてイメージをかためた。当たり前のことだが、好きなようにあそぶっていいもんだ。みんなの顔が、その一つ一つの顔が緩んで幸せそうになるから。

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2009年3月19日 (木)

最後の散歩

 幼児クラス今年度最後の散歩は山方面。お別れする子が何人かいる。そこでお別れツアーを企画。川、神社、森のアトリエ、トンネル公園と挨拶回りしていよいよ最後のツアーが山。この山のコースは20年ほど前に偶然見つけた木立の中の不思議な空間で、そこを歩いていると妙な懐かしさを感じた。そして最近、そのあたりが小坂城跡地だということを知った。

 早速出発した。坂を下るとすぐに山。山道の突き当たりにぽっかり拓けた空間。木漏れ日、竹のささやき。この日子どもたちはかつてない行動に出た。急な斜面を滑り台のように滑り降りた。次々と後に続く。これまで、どうしてこんなところに地面を大きく抉り取ったかのような窪みがあるのか、きっと谷津田の始まりか、いや、そうではなかった。敵の攻撃をくいとめるための堀だったのだ。滑り降りた子らは勇敢にもさらに下へと。Sが叫んだ。「やばい、これから先へは行けない。沼のように靴が沈む。ドロだらけになってしまった。」そこで私が合いの手打って「よかった、沼に引き込まれなくて。この山には室町時代に城があった。戦が終わるとこのくぼ地に溜まった水で血を洗ったりしたのかもしれない」 山散歩のクライマックスは崖のぼり。急勾配、足場悪い、ギブアップの子らを大きい子らが引き揚げる。引き揚げ失敗で一緒に転げ落ちたり。やっと全員登り終えて城山を後にした。

 これですべての散歩コースに挨拶をし終えた。4月になったら新しい顔と一緒にまた来るからね。よろしく。

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